懸垂は、多くのスポーツの基礎体力要素として取り上げられています。なぜならば、それだけ体を動かす上で重要な筋肉であり、これをトレーニングすることはアスリートにとってだけではなく、日常生活でも重要であるためです。それに加えて、懸垂は逆三角形型のカッコいい体を作る上では必ず必要になるトレーニング種目です。
しかしながら、懸垂に関しては、正しい方法で、正しくトレーニングをしなければ、あまり効果が期待できません。
そこでこの記事では、懸垂の効果や鍛えられる筋肉、効果的なやり方や、懸垂が出来ない人はどのようなトレーニングをすればよいのかといったことをまとめて紹介します。
1. チンニング(懸垂)とは
懸垂には6つの効果があります。そして、鍛えられる筋肉は、大きく分けて5つあります。これは、懸垂が単関節運動ではなく、多関節運動であることから、様々な筋肉を鍛える事が出来るためです。
懸垂の大きな効果のポイントは3つで、筋肥大、筋力向上によるスポーツパフォーマンスの向上、懸垂による姿勢の教育です。
ここではこの効果と、鍛えられる筋肉について紹介していきます。
1-1 広背筋の肥大化に最も効く!
懸垂はラットプル等と違い多関節種目のため、広背筋だけではなく、周辺の様々な筋肉を使います。そのため、広背筋のサイズアップに効果的な事に加えて、背中周りの他の筋肉のサイズアップも図ることが出来ます。
1-2 筋力向上で競技力向上
筋力向上を目的とした懸垂においては、スポーツにおける競技力向上の効果は、効果を述べる上では欠かせません。多くのスポーツ競技において、広背筋は様々な上半身の動きに関係するため欠かせない筋肉です。
例えば、渡邊・高井1)らのジュニア競泳選手のパフォーマンスに影響する要因についての研究では、ストローク中の上腕三頭筋や大胸筋、広背筋は高い筋活動量を示しているため、競泳選手にとって必要な筋肉であることを示唆しています。
それだけでなく、角田他2)は体育学専攻学生と大学生野球選手の広背筋の筋横断面積を比較した時、野球選手のほうが広背筋の横断面積が大きかったことを示しました。
このように、スポーツ競技において広背筋は重要な筋肉であることが言えるため、懸垂による競技力向上を目的としたトレーニングは、スポーツ選手によって有効であることが言えます。
1-3 懸垂による姿勢教育
懸垂によって鍛えることが出来る背筋力は、姿勢に大きな影響を及ぼします。別所3)は子供の体力低下と姿勢教育について子供の背筋力の低下と姿勢の関係性について述べています。
別所は、過去の資料の中から、子供の背筋力以外の体力要素は向上しているにも関わらず、背筋力のみが低下していることを指摘しています。
背筋力と姿勢のメカニズムとして、背筋は、体幹を曲げる腹筋とは対照的に、背骨を立てて体幹を伸ばす働きがあることがあるため、姿勢が悪いということは、背筋を委縮させることを述べています。
例えば、ゲームをする時やいすに座っている時、背中が丸まっていれば、それは姿勢が悪く、背筋を使って体勢を維持していないということになります。
つまり、背筋を鍛えることで、正しい姿勢を維持することが出来るため、懸垂によって背筋を鍛える事は、姿勢をよくするための姿勢教育として活用できることが言えます。
2.懸垂によって鍛えられる主な筋肉
懸垂は、多くの筋肉を鍛えることが出来る多関節運動です。そのため、鍛えることが出来る筋肉は幅広いです。筋トレの基本として、筋肉が付着している部分を引き寄せることで筋肉が屈曲伸展し、トレーニングを行うことが出来ます。
そのため、ここでは懸垂でトレーニングすることが出来る筋肉の解剖学的な知見を述べていきます。それに加えて、懸垂を3つの局面に分けてどの筋肉がどの局面で使われているのかを解説します。
この3つの局面を、ぶら下がっている状態から体を引き上げるまでの状態、体を引き上げている状態と体を下降している状態の3つに分けます。
使っている筋肉と状態を意識することで、効果的な懸垂トレーニングが出来るようになります。
2-1.背筋群
背筋と一括りに言っても様々な筋肉があります。背筋は大きく分けて浅背筋と深背筋の2つに分けられます。
浅背筋は、僧帽筋、広背筋、菱形筋、肩甲挙筋の4つです。ここでは大きな筋肉の僧帽筋と広背筋を紹介します。
2-2.僧帽筋
僧帽筋は、首をすくめる動作や下に向ける動作、背伸びをする動作、物を引っ張る動作といった役割があります。
この僧帽筋は、体を引き上げている状態のときに活動しています。そのため、懸垂で鍛えることが出来る主な筋肉であることが言えます。5)
2-3.広背筋
広背筋は、体の中で最も面積が大きな筋肉です。この広背筋は、上腕を上から下に引き下げる動作と、内側に捻る動作に用いられる筋肉です。それに加えて、骨盤を引き上げる作用もあります。
そのためこの広背筋は、懸垂動作においては、体を引き上げる際に使われる筋肉であることが言えます。
広背筋は、懸垂時に最も活動している筋肉であるため、この引き上げ動作だけではなく、引き上げた状態や体を下降している状態で意識することで効果的に体を使って懸垂トレーニングをすることが出来ます。
3.懸垂の効果的なフォーム
ここでは、懸垂を効果的に行うための手順を紹介します。この手順は、懸垂のフォームを会得する上でも非常に重要になります。
3-1. 手幅は肩幅の1.5倍を目安にする
手幅は、懸垂の方法によって異なりますが、基本的な幅は、肩幅より拳一個分広く握ることです。こうすることで、自然と肩幅の1.5倍の手幅で懸垂を行うことが出来ます。この手幅を基本として、ナローグリップチンニングやワイドグリップチンニングを行いましょう。
3-2.小指側に力を入れる感じの握り
懸垂を行う上で握りは重要です。握りのコツとしては、小指側に力を入れる感じの握りでグリップを握ることによって、効率的に体が上がるため、やりやすいでしょう。
3-3.目線を斜め上に向ける
目線を斜め上に向けることによって、自然と胸を張ることが出来るため、広背筋に効かせやすい姿勢になります。一方で目線を下に向けると、腹筋が収縮してしまうため、背中が曲がり、広背筋に効くトレーニングにはなりにくいです。
試しに目線を下に向けた時の姿勢と上に向けた時の姿勢の違いを感じてみてください。目線を斜め上に向けるだけでも背中の筋肉を使っていることが実感できます。
このように目線を斜め上に向けることによって、広背筋を効かせやすい懸垂トレーニングが出来るようになります。
3-4.胸を張る
広背筋を効かせる懸垂を行うためには、胸を張ることが重要です。解剖学的には、肩甲骨を寄せることで広背筋はうまく収縮しますが、肩甲骨をよせるイメージは難しいこともあります。
そこで胸を張ることで自然と肩甲骨が寄るため、効果的な懸垂が出来るようになります。このように広背筋の構造を意識してトレーニングすることは、効果的に懸垂をするために欠かせません。広背筋の構造を理解してトレーニングすることで、高い効果の懸垂を行いましょう。
3-5.胸をバーに近づけるイメージで体を引く
懸垂の効果的なフォームとして、胸をバーに近づけるイメージで体を引くことです。体を引き上げようとしてしまうと、腕に力が入るため、広背筋に効かせにくくなります。
しかしながら、胸をバーに近づけるイメージで体を引くことによって肩甲骨を寄せて懸垂トレーニングをすることが出来ます。
3-6.肩甲骨の下方回旋を意識する
肩甲骨の下方回旋を意識することで、広背筋や菱形筋といった背筋群を効かせて懸垂を行うことが出来ます。この下方回旋とは、頭の真上から円を描くような動作をすることで出来る動きです。
懸垂動作でこの下方回旋を行うことによって、懸垂が効果的になります。
3-7.腹筋を意識する
腹筋は、体を上げた状態における姿勢の保持には最も重要な筋肉であることが報告されています。5)そのため、腹筋を意識することで、体を引き上げた状態を保つことが出来ます。
4.懸垂の重量設定
懸垂は、一般的に10回×3セットといった回数が適正であることが言われています。しかしながら、有賀他7)は、柔道選手の懸垂の回数と体重・体脂肪率の関係性において、体重が重い人ほど負荷が高くなることで、反復回数が減少することを報告しています。
このことから、自分自身の体重や体脂肪率を考慮して、懸垂の回数を決定することで効果的に懸垂を行うことが出来ることが言えます。
4-1.懸垂における推定MAX数値
懸垂において、MAX数値を測定することは、負荷の調整という面では重要です。なぜならば、出来る回数によって、トレーニングの目的が異なってくるためです。
多くのトレーニングにおいて、RM法というトレーニング方法が有効であることは一般的に知られています。懸垂においては
懸垂1回=自分の体重分の負荷
であることを考えた場合、推定MAX数値を算出することで、効果的なトレーニングを行うことが出来ます。MAX数値の算出は、体重/負荷率で計算します。
この時に、自分の体重の負荷に耐えられない場合は、懸垂ができない事になってしまいます。例えば60kgの体重で懸垂が1回しかできない人は、60kgが推定マックス数値になります。
このMAX数値を知っておくことで、重りなどをつけて調整して懸垂を行うことが出来るため、効果的なトレーニングを行えます。
4-2. 8-12回で設定する
筋肥大を目的として行う場合は、最大負荷率の85%から70%が適していることが一般的に知られています。
懸垂の回数としては、8回から12回です。そのことから、チンアップ、プルアップ、ナローグリップチンニング、ワイドグリップチンニングといった順で負荷が変わってくるため、この中から8回から12回程度出来る回数で行うことが効果的な回数です。
参考までに体重60kgの人の最大筋力としては、MAX70kgから85kg程度であることが言えます。つまり、体重60kgの人で最大筋力が85kg以上であれば、方法を変えるか、重りなどを用いることで効果的になります。
4-3.筋力増強の場合は6回程度
筋力向上は、高負荷でトレーニングを行う必要があります。懸垂の回数としては1回から6回がぎりぎり出来る程度で行うことで効果的です。
筋力向上は、最大筋力の100%から85%までの間です。60kgの人が最大筋力として70kg以上の人であれば、重りなどを使うことで効果的なトレーニングが出来ます。
このように目的に応じて回数をコントロールすることで、自分に合った負荷で懸垂を行うことができるため、自分の推定MAX値を知っておくと良いでしょう。
5.懸垂ができない時の2つの原因
懸垂ができない原因は大きく分けて2つです。単なる筋力不足か、フォームへの理解が不足しているかのどちらかです。
筋力不足の場合は、単純に自分の体重の負荷を上げる事ができないことから起こります。当然のことながら、体重が重い人ほど懸垂時の負荷は高くなるため、体の大きい人は陥りがちの原因です。
また、フォームへの理解不足によっても懸垂ができないといった事が起こります。そこでここでは、懸垂ができない原因とその対策を紹介します。
5-1.筋力不足
筋力不足では、主に腕の筋肉が不足している場合と、背筋群の筋肉が不足している場合があります。腕の筋肉は、懸垂で体を引くときに筋活動が非常に活発であり、腕の筋肉がなければ体を引き上げることができません。
加えて背筋群も体を引くときに筋活動が活発であるため、この2つを原因として懸垂が出来ないことが言えます。
5-2.フォームの問題
懸垂では、広背筋を主な狙いとしてトレーニングを行います。広背筋は、体の中で最も大きな筋肉であるため、それだけパワーがあります。
懸垂において、広背筋をうまく使うことが出来ていないと、前腕や上腕だけの力で体を引き上げようとしてしまうため、体が重い人などは体を上げることができません。
これを改善するためには、胸を張り、肩を下げて肩甲骨を寄せます。そしてイメージとしては、肘を後ろへ引くイメージで行うことで効果的に広背筋を使うことが出来るようになります。
6.懸垂ができない場合の代替種目
懸垂が出来ない時の代替種目としては、ラットプルによる広背筋のトレーニング、斜め懸垂による低負荷でのトレーニング、アシストチンニングで補助をつけることが挙げられます。
懸垂が出来ない大きな原因は、筋力不足とフォームへの理解不足であることは上記の通りです。筋力が不足している場合では、自分の体重の負荷では重すぎるため、方法を変えるか、補助を使うことで出来るようになります。
6-1.ラットプル
ラットプルは、広背筋を重りで鍛えるためのトレーニングの1つです。自体重以上の負荷で懸垂が出来ない場合には、このラットプルで広背筋を鍛えることが出来ます。
ラットプルでは、重さの調節なども行えるため、初心者にはおすすめです。
6-2.斜め懸垂
斜め懸垂では、低い鉄棒などを使って足をつけた状態で行います。そのため、体重全てを負荷にするわけではないことから、懸垂が出来ない筋力不足の場合でも懸垂トレーニングを行うことが出来ます。
6-3.アシストチンニング
アシストチンニングは、ベンチなどを使って補助をつけて行う懸垂のことです。アシストチンニングのマシンもあります。
このアシストチンニングでは、負荷を軽くして行うことが出来るため、懸垂が出来ない人においては有効な方法であると言えます。
まとめ
懸垂には3つの効果があり、鍛えられる筋肉は大きく分けて5つあります。鍛えるべき筋肉の動き方を知り、これを意識して行うことによって、懸垂が効果的になります。
懸垂のやり方を紹介しましたが、自分の推定MAX値を測定して、適した回数で行うことによって効果的なトレーニングになります。
また、懸垂ができない場合は、筋力不足かフォームへの理解不足であることから、負荷を軽くして行うか、他の筋肉を鍛える事、補助器具を使うことで出来るようになるでしょう。
引用参考文献
1)渡邊將司・高井省三(2005).ジュニア競泳選手のパフォーマンスに影響する要因の年齢変化 体力科学54:353-362
2)角田直也, 青山利春, 田中重陽, 熊川大介(2006). 骨格筋の形態及び機能的特性に及ぼすスポーツ活動の影響を探る 国士舘大学体育研究所報25:71-74
3)別所龍二(2007).子供の体力低下と「姿勢教育」 四天王寺国際仏教大学紀要44:125-138
4)上野俊明・大山喬史(1996).咬合機能と身体運動機能の関連性に関して 口病誌63(2):429
5)河村洋二郎, 藤本順三, 仲至誠(1957).懸垂運動の筋電図学的研究 体力科学6(6):213-219
6)Fredrick L. Hobusch・Tim McClellan(2008).空手の回し蹴り ストレングス&コンディショニング15(8):9-17
7)有賀誠司, 中西英敏, 山下泰裕, 恩田哲也, 生方謙(2006).柔道選手の組手改善のためのトレーニングに関する研究:柔道懸垂について 東海大学スポーツ医科学雑誌18:44-53
8)石井直方(2007).究極のトレーニング 最新スポーツ生理学と効率的カラダづくり 講談社
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